「荒木飛呂彦の奇妙なホラー映画論」読了

「ジョジョの奇妙な冒険」シリーズの作者である荒木飛呂彦先生のホラー映画評論本。
読んでいて色々なことを思い出したので、感じたことを書いておこうと思う。


ホラー映画を観ることは世界の醜い面、人間の暗黒面、絶望、恐怖、死に向き合うための予行演習。
恐怖を相対化できるようになればホラー映画をフィクションとして楽しむことのカタルシスを教えてくれる。


昔は週末のゴールデンタイムに毎週のようにホラー映画が放送されていた。
今は様々な事件や犯罪の影響で残酷な描写の映画はテレビ放送を自主規制されている。

子ども時代は臆病で怖がりで、ホラー映画は親と一緒でなければとても観られなかった。
観た後は恐ろしくて、家族と一緒でなければ眠れなかった、今となっては家族団らんの懐かしい思い出だ。

一番印象に残っているのはシャイニング、雪に閉ざされたホテルで、父親が豹変して家族に危害を加える。
ジャック・ニコルソンと自分の父親がリンクして、いつか父親が自分たちを襲うのではないかと恐怖した。
キューブリックのシャイニングはファンタジーであってホラーではないと書かれており、妙に納得した。

恐怖を相対化できた出来事として、「デジタル・デビル物語 女神転生II」というゲームソフトを思い出す。
核戦争で崩壊した東京の支配を巡る悪魔同士の覇権闘争に主人公達が巻き込まれていくというストーリー。
魔王が複数いることに衝撃を受けた、主人公は魔王パズスに力を借りる。(エクソシストに登場する悪魔)
こいつを倒した時、子供ながらに「やっちまった」と思った、私が悪魔への恐怖を克服した瞬間だった。

直近に見たホラー映画だと、「ヘレディタリー/継承」という映画が無茶苦茶怖かった。
祖母の死をきっかけに、恐怖のどん底に叩き落される家族を描いた作品。
荒木先生のホラー映画分類に倣うと、悪魔・怨霊系となるだろうか。

最近は感覚が幼児退行したのか、怖いものが苦手でホラー映画を敬遠している。
現実世界が悲惨なので、せめてフィクションは楽しいものを見たいという潜在意識の表れかもしれない。
あと、年齢的におじさんになってから心が弱くなっている、恐怖に心が耐えられない、心臓が痛い。

青春時代はホラーやサスペンス系にハマっていて、映画館やレンタルビデオで片っ端から観まくっていた。
その時に観た作品が沢山出てきて、当時の記憶を辿りながら楽しめた、映画のカタログとしても面白い。

読み終わって思うことはひとつ、やはり無性にホラー映画を観たくなってしまった。
プライムビデオで、とびきり怖いヤツを1本探してこようと思う。


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Author: 煙人

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